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2012年3月1日

Cry Cry




cry, cry

for you


just like you knew

I wouldn't do


cry, cry

for you


just

like a song

in the last

light






should

I leave it

all away


not like

the kindness that

you gave


that's why

it never seems

the same


behind

your

eyes




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2012年2月26日

共同作業の基礎知識 「伽藍とバザール」

知らない人も多いようなので、エリック・S・レイモンドの1997年の論文を一部だけ引用します。まずは、この論文の主題であるリナックス(Linux)と呼ばれるソフトウェアについての簡単な説明を少々。

リナックスとは、リーナス・トーバルズが個人で1991年から作り始めたソフトウェアで、今は世界中のサーバーやスマートフォン(Android)、色々な家電、スーパーコンピュータで利用されている基本プログラムの名前です。オープンソース、つまり無償公開されているのが特徴。

この論文のなかで、

「目玉の数さえ十分あれば、どんな問題も深刻ではない」という名言が述べられています。







『伽藍とバザール・The Cathedral and the Bazaar』



1 伽藍方式とバザール方式

Linuxは破壊的存在なり。インターネットのかぼそい糸だけで結ばれた、地球全体に散らばった数千人の開発者たちが片手間にハッキングするだけで、超一流のOS が魔法みたいに編み出されてしまうなんて、ほんの 5 年前でさえだれも想像すらできなかったんだから。

ぼくもできなかった。Linux がぼくのレーダー画面に泳ぎ着いたのは 1993 年の頭だったけれど、その頃ぼくはすでに Unixやフリーソフト開発に 10 年以上も関わってきていた。1980 年代半ば、ぼくは最初期の GNU協力者の一人だったし、ネット上にかなりのフリーソフトもリリースして、いまでも広く使われているようなプログラムをいくつか(nethack、Emacs VC モードと GUD モード、xlifeなど)単独または共同で開発してきた。だから、もうやり方はわかってるもんだと思いこんでいた。

Linuxは、ぼくがわかっているつもりでいたものを、大幅にひっくりかえしてくれた。それまでだって、小さなツールや高速プロトタイプ作成、進化的プログラミング といったUnixの福音は説き続けてはいた。でももっと上のレベルでは何かどうしようもない複雑な部分がでてきて、もっと中央集権的で、アプリオリなアプローチが必要に なってくるものだとも思っていた。一番だいじなソフト(OS や、Emacsみたいな本当に大規模なツール)は伽藍のように組み立てられなきゃダメで、一人のウィザードか魔術師の小集団が、まったく孤立して慎重に組み立てあげるべ きもので、完成するまでベータ版も出さないようでなくちゃダメだと思っていた。

だから リーヌス・トーヴァルズの開発スタイル――早めにしょっちゅうリリース、任せられるものはなんでも任して、乱交まがいになんでもオープンにする――には まったく驚かされた。静かで荘厳な伽藍づくりなんかない――Linuxコミュニティはむしろ、いろんな作業やアプローチが渦を巻く、でかい騒がしいバザールに似ているみたいだった(これをまさに象徴しているのがLinux のアーカイブサイトで、ここはどこのだれからでもソフトを受け入れてしまう)。そしてそこから一貫した安定なシステムが出てくる なんて、奇跡がいくつも続かなければ不可能に思えた。

このバザール方式がどういうわけかまともに機能するらしく、しかもみごとな結果を生むなんて、衝撃以外の何物でもなかった。この世界の様子を学ぶにあ たって、ぼくは個別のプロジェクトだけでなく、なぜ Linux界が混乱のうちに崩壊しないのか、それどころかなぜ、伽藍建設者たちの想像を絶するスピードで、続々と強みを発揮し続けられるのかを理解しようとしてき た。

1996 年半ばには、答がわかりかけてきたような気がした。そしてその頃まったくの偶然から、自分の理論を試してみる完璧な機会がやってきた。意識的にバザール方式で運営できるようなフリーソフトプロジェクトという形で。そこでバザール方式を試してみた――大成功。

というわけでこれから、そのプロジェクトの話をしようではないの。そしてそれを使って、上手なフリーソフト開発についていくつかアフォリズムを提案してみよう。全部が全部、Linux の世界で学んだことばかりではないけれど、そういうものでも Linux界がすごくいい例になってることがわかるはず。ぼくが正しければ、なぜ Linuxコミュニティがこんなにいいソフトを続々と生み出せるのか、みんなにもずばりわかるはず――そしてみんなももっと生産的になれるはずなんだ。

(以下略)

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日本語訳URL   http://cruel.org/freeware/cathedral.html


Wikipedia「伽藍とバザール」 ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%BD%E8%97%8D%E3%81%A8%E3%83%90%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%AB


復興への力

Filmmakers for Japanより引用します。

URL : http://filmmakersforjapan.com/


I've now spent half my life in Japan. And, though always living in Tokyo, I have a very special place in my heart for the Tohoku region and, in particular, the seaside towns of the Oshika Peninsula, where my Japanese relatives have lived for generations.

I've just returned from a relief trip to the North and have seen now with my own eyes the awesome power of Mother Nature, and the fragility of our cities (so much concrete and steel reduced to rubble in seconds). But I've also been moved by the strength of the human spirit in Tohoku's survivors, and humbled by their dignity and resilience in the face of such incomprehensible tragedy.

I'll keep them in my thoughts, and look forward to the day when flowers bloom again in Tohoku.


Michael Arias



私は、人生の半分を日本で過ごしました。住まいは常に東京でしたが、東北地方、特に私の日本人の親族が何代にも渡って住んで来た牡鹿半島の沿岸の街は、自分の心の中に特別な位置を占めています。

私は東北地方に救援物資を届ける旅から戻ったばかりです。その旅で、自然というものの凄まじい力を、そして我々の都市のはかなさというものを(大量のコンクリートと鉄鋼が、瞬く間に瓦礫に帰したその様を)、目の当たりにしました。しかし同時に、私は災害を逃れた東北の人々の精神の力強さに感嘆し、そしてこの人知を超えた悲劇に直面しても失われない彼らの尊厳と復興への力に、圧倒されたのです。

私は彼らの事を思い続けます。そして東北の地で再び花が咲きこぼれる日を待ち望んでいます。

アメリカ
マイケル・アリアス監督
『鉄コン筋クリート』